奇形の赤ちゃんはなぜ生まれるのか
    ― 生命の戦略と遺伝子プール ―
昭和大学医学部産婦人科学教室 野嶽幸正教授の最終講義
(図表等は省略しています)

 出生前診断の進歩とともに人工中絶を選択できる時期に胎児の異常が診断できることが多くなった。

 異常のわかった胎児をどのように扱うかについて現在論理的な考え方について深刻な対立がおこっている。この様な場合に産婦人科医は明快な解答を求められる事が多くなり、論理的・哲学的な深い考えを持つ必要を感じている。

 奇形の赤ちゃんはなぜ生まれるかという題のもとに遺伝子の世界から解答を求める事を試みた。

○先天性異常の発生頻度、原因、種類、発生時期について。
○流産胎児には異常が高率に認められる事から自然の選択がされていると思われること。
○出生前診断の進歩と進歩が引き起こした問題点。
○有性生殖と遺伝的多様性について。有性生殖により多彩な遺伝的組み合わせが出来る事、大きな災害に際してどれだけが生き残り、また繁殖し広く分布する。これが生物の生き残り戦略であるが、一方的で遺伝的多様性として弱い固体も生まれる。遺伝的に多様な固体が用意されている事(遺伝子プール)について述べる。

奇形の発生頻度、原因、種類等
 わが国における新生児奇形の統計では、日本産婦人科医会の全国調査によると出生数31万人についての調査で高頻度のものは(出生1000当たり)口蓋裂1.28、唇裂1.27、無脳児1.06、全体を合わせると新生児奇形は概略6〜7(1000分娩当たり)である。

 ダウン症の発生率は住吉等の報告によると、分娩10000当たり約5人で、20年間でやや増加の傾向が見られる。

 先天異常の原因は染色体、遺伝子関係が20〜30%で、母体側要因、感染、薬剤の影響があるが、60〜70%は不明の原因(多因子を含む)である。催奇形作用のある外因としては、母体の疾患、特にウイルス感染(風疹、AIDS)、糖尿病、物理的要因として放射線被爆、薬剤としては抗生物質、抗悪性腫瘍剤、サリドマイド、ビタミンA誘導体などがある。 

 母体感染と対応する先天異常としては、風疹では白内障、心奇形、サイトメガロウイルスでは小頭症、小眼球症などがある。母体の風疹罹患時期と児の奇形の種類には関係があり、白内障は6週から10週、心奇形は6週から12週、聴覚障害や網膜症は5週から19週となっている。

 外因の影響を受けやすい妊娠時期(形態異常の発生しやすい臨界期)は主要な器官形成が起きる受精後3〜8週(妊娠5〜10週)に一致しており、その前後の妊娠時期には減少している。各臓器別の外因の影響を受けやすい週数を見ると、脳は妊娠4週から13週と広くなっており、眼や心臓は5〜9週、聴力は9週から19週になっている。(Bickenbach)

 母体の年齢の影響をダウン症の発生率(推定値)でみると、高齢初産にダウン症が発生しやすい事は知られているが、全出産児中の頻度は母の年齢20〜24歳で1/1500に対し、母の年齢が増加するに従い発生頻度は増加し45〜49歳で発生頻度は1/40に増加する。さらに、ダウン症を産んだ母が再びダウン症児を産む頻度は高く、20〜24歳で1/500(推定)、45〜49歳で1/10(推定)に増加する。

 以上の傾向は奇形発生要因の多いほど奇形頻度が高くなる事を示している。

 次に遺伝性疾患の数を見ると、染色体に関する異常で約8000種(Mckusic,1994),遺伝性疾患の総数は約12000種(OMIM,2001)の多数が報告されている(奥山ら)この異常なほどの数の多さを考えると統計的な組み合わせによる異常を考えざるを得ない。

流産胎児には染色体異常が多い
T. 流産胎児にみられる異常
 流産胎児を検査すると高頻度に奇形が認められる。西村によると流産胎児と出生児に見られる奇形の頻度の差は、口蓋裂が流産胎児で4.3/1,000(分娩)に対して出生児1.7/1,000(分娩)、多指は流産胎児14.1/1,000(分娩)、出生児0.9であり他の奇形も含めると流産胎児に見られる奇形の発生率は出生児の概略20倍に達している。

 自然流産児に見られる染色体異常の頻度では、トリソミーは流産胎児1,276例中に629例(49.3%)であった。(大浜鉱三、1973)

 流産胎児における形態異常と流産した時期の関係では流産した時期が早いほど形態異常の率が高く、全外表奇形は妊娠5週はじめで10.3%に対し毎週ごとに減少し妊娠8週はじめは6.9%,それ以降は2.4%と変化している(塩田)。

 次に流産胎児における染色体異常の率と流産した時期の関係では同様に流産した時期は早いほど染色体異常は高率にみられる。妊娠5週おわりで流産胎児にみられる染色体異常の率は5.0%、妊娠12週おわりで2.4%,それ以後の時期ではさらに減少し妊娠16週おわりで1.1%である。ただし妊娠週数が進んだ時期の流産はその原因に母体側要因が加わってくる事を考慮する必要がある。

 以上のように流産胎児に奇形、染色体異常の発見される率は妊娠週数の早いほど高率に見られることから重要な奇形児の誕生を防いでいると思われるシステムの存在を考える事が出来る。

 そのシステムの一つはアポトーシス(細胞の自殺)である。自然の評価というべきアポトーシスによって自らを死滅させている可能性があり、妊娠初期の流産をアポトーシスで説明する学会発表は、不妊症の学会で顕微鏡下の受精による受精卵の流産に関してもおこなわれている。

U. 妊娠初期の胎児の異常とその結果
 妊娠初期の胎児には色々な事が起きる。(図省略)
 正常の妊娠で妊娠経過が正常の分娩となるのが大部分である。

 正常の妊娠成立した後に母体の感染や薬剤の影響を受け流産する例と、影響から回復し正常の分娩をする例と影響を受けたが流産することなく影響を残したまま(奇形となって)分娩する例がある。

 更に妊娠成立の時点で精子、卵子が異常因子を持ったまま、即ち夫、妻が異常の因子を持ったまま妊娠する例がある。夫や妻の異常とはそれぞれの祖父母からの異常の因子を引き継いでいる場合が多い。そして異常の因子を持って妊娠した場合は自然の評価(アポトーシス等)を受けて流産又は異常を持ったまま分娩する事になる。

 以上の妊娠初期に胎児異常が発生するのは主として感受性の高い器官形成期に発生するものと思われる。

 また異常を持ったまま分娩をする例の中には奇形の他に器官形成期を過ぎてからの時期に外因の影響により機能障害や発達遅延として分娩する例が少なくない。

 流産した直後の母の多くは「赤ちゃんごめんなさい。私が無理をしたのが悪かったのね」と考える事を臨床上よく経験するが、更に次の妊娠が怖いと言う母もいる。
 流産の原因には母体側の原因もあるが、流産の実情をよく説明する必要があると思われる。

V. 治療の可能性について
奇形の発生と予防・治療の可能性について検討すると
a)  予防できる奇形としては、催奇形性を指摘されている薬剤等を使用しないことである。特に器官形成期には注意が必要であるが、臨床上問題になる例は妊娠した事に気付かないで使用した場合である。この場合相談を受けた医療機関としては100%の安全を保障する事は出来ないが、使用した薬剤の使用量、時期を十分検討して可能性を含めた説明をする事しか出来ない。

 奇形の予防に役立つ物質としては、葉酸の摂取である。米国の公衆衛生局(CDC)の勧告(1992)によると葉酸を一日0.4mgの摂取が神経管閉鎖障害の発生を減少させるとしている。但し過剰の摂取(一日1mg以上)は良くないとしている。

 ビタミンAの摂り過ぎ、一日の必用量の10倍以上摂取し続けると心奇形等の原因となるとされている。

 これらは勧告や注意に対して我が国の対応としては、我が国には日本食という栄養のバランスの良い食文化の伝統があり、妊娠中の栄養の取り方について特別な食事を考えるのではなく一般的な食事を基本としてよいと考えられている。

b)  治療できる奇形としては、代表的な例は口唇・口蓋裂等に対する形成外科の治療成績が挙げられる。また広く外科的疾患の治療として日本小児科学会の30年間にわたる新生児外科疾患の死亡率の推移を見ると、食道閉鎖、消化管穿孔、臍帯ヘルニア等の死亡率は30年間に1/3に減少している。

 最近は分娩前の胎児に対する治療としては臍帯の血管を利用する胎児治療も試みられている。これから治療成績向上の前提としては出生前の異常の診断が早く出来るようになった事が大きな要因である。

出生前診断の進歩と問題点
T. 出生前診断の進歩
 妊娠初期に胎児の異常を発見する診断技術の進歩、主として超音波診断の進歩により、人工中絶を選択できる時期のうちに胎児の異常がわかった事により多くの問題が生ずるようになった。
(図省略)
 母体血清マーカー(3種)はトリプルマーカーとも呼ばれダウン症の可能性を(%)で示すデーターであるが、確定診断とはなりえない。

 超音波検査の進歩は著しく、胎児の臓器では超音波の画像上6週で心拍の確認,四肢は8週、脳構造は7週、骨格は9週から観察は可能で、無脳児、小頭児の診断は比較的容易で心奇形、消化管異常も診断できる。四肢の異常な短縮は致死的染色体異常を示唆している。

 最近実用化されている胎児異常の指標は妊娠10〜12週で見られる胎児項部(首の後部)の腫瘤像(NT)で染色体異常を含む多くの胎児異常を示す所見である。

 羊水穿刺による羊水中の胎児由来細胞の染色体検査はダウン症の確定診断であり、羊水量から診断する羊水過多症は消化管系の奇形と関係が深い。

 母体血中の胎児由来系細胞を取り出しDNA検査(FISH法等)による染色体異常の診断が実用化されつつあり、遺伝子診断技術は広く応用されはじめている。
 妊娠初期の染色体異常の診断には受精卵の着床前診断や絨毛検査が可能であるが、論理を含む色々な問題が未解決である。

U. 出生前診断に伴う問題点
 出生前診断の進歩の結果として妊娠初期に異常が診断された場合に、その胎児の管理方針について(図省略)医療側も十分な説明を求められるようになった。

 奇形の赤ちゃんは病気か、生まれないほうが良いのか、異常のわかった胎児は中絶すべきか、異常がわかっていて分娩させたら医療ミスか、等の疑問はいずれも人工中絶を念頭においての疑問であり、出生前診断の為の検査を勧める事にについて現在深刻な対立が起きている。・・(図省略)、約20年間の無脳児出生数の(約20/分娩10000)は現用を続け1997年には2/分娩10000に減少している。

 この無脳児の出生数の減少は妊娠初期に診断された時点で中絶しているためです。無脳児は大脳の大部分と小脳の一部を欠損しているため分娩しても生きられない。生まれても必ず死亡するとわかった胎児を10ヶ月間胎内で発育させる意味は無いという点で無脳児の人工中絶は誤りではないと思われる。

 しかし異常のわかった胎児を全て人工中絶しようとする考え方を助長する傾向につながりやすい。
(図省略)、医療情報の開示を求める事が当然の権利とされる時代となり、胎児の異常の有無を調べる検査を受けることを希望する人は増加しており検査を受ける人の意見は尊重されなければならないという考え方も強い。

 一方で現在奇形の児は生まれて生存しており、その子達は守られなければならない。奇形の胎児を見つけて始末する事につながる検査は制限されなければならないという考え方も強く、双方供に一歩も譲らぬ強い考え方と成っている。

 妊娠初期の胎児異常の取り扱い判断基準を何処に定めるべきかについては現在のところ答えは決定していない。この問題の判断の基準となる要因としては以下の4項目が挙げられる。

1) 親の選択権
2) 社会の論理基準
3) 子どもの権利
4) 人類の生物学的特性

 親の選択権「お腹の子どもをどう始末しようと私達夫婦の決定する事であるはずです」という考え方は、患者の選択権、説明と同意の尊重という最近の医療情勢の流れから大きな説得力を持つ考えとなっている。

 社会の論理基準については、法治国家ではしてはいけない事は法律によって規定されているが、法律ではないが、社会の一員として生きていく上でその社会の伝統・文化に伴う一定のルールが存在するという考え方がある。

 論理学の専門家が示した出生前診断に関するガイドライン(鈴森)では検査を希望する人の意見は尊重されなければならないと述べている。

 一方人類遺伝学学会の見解(1994)では、絨毛採取等の侵襲を含む遺伝子診断は遺伝的なハイリスク因子を持つ人にのみ認められるべきで全く自由に放任されるべきではないとしている。日本産婦人科学会も現在これと同じ見解を取っている。

 子どもの権利とは、子どもは弱い存在であり守られなければ成らないという考え方の延長線上には、胎児にも人格や人権が存在するはずであると言う考え方となっている。

 子どもの権利を守ろうとする考えと、中絶を含む親の選択権とは両立しない考え方である。

 以上の判断の各要因に対し、視点を変えて人類の生物学的特性、人類の進化の過程で作られた有性生殖とそれに伴う遺伝的多様性の意味を考えることにより奇形児存在の意味を考えようとするのが本論の後半である。

有性生殖と遺伝的多様性
 人類の進歩の過程で成立した有性生殖により、精子・卵子の持つ遺伝情報の組み合わせにより多彩な遺伝情報を持つ個体の集団が用意されることにより、大きな災害や疾病にもどれかが生き残るという集団としての強さが生ずる反面で、ある割合で弱い個体も生ずることになる。

T. 遺伝情報存続の意味
 21世紀は遺伝子医療の時代と言われている。遺伝子の世界から奇形の児の生まれることの意味を考えるにあたり、我々が常識として混合して使っているDNAの概念が確定される過程とワトソン・クリックによるDNAの2重らせんモデルが発表されるまでをしました。(図省略)一段ずつ決定的に重要な事が確認されてきている。制限酵素の発見によりDNAの組み換えが自由に出来るようになった。「神の設計図」と言われたDNAを人類が書き換えられる時代となった。
(図省略)生体の働きとは遺伝情報によって作られる蛋白の働きによるものである事を示した。遺伝子Aが酵素Aを決定し酵素Aが蛋白Aを決定する。遺伝子はABCとシステムを形成し、蛋白はABCとシステムを形成し生体の働きを構成する。これらのシステムを監視するシステムや傷を修理するシステムが存在する。

 次に人類の種(シュ)としての存続を考えてみると、親から子へ、子から孫へと生命のバトンタッチと呼ばれ、血のつながりとも呼ばれるこの流れは遺伝情報の存続のことであり、各世代の固体は寿命がきて死んでしまう。

 生物学的に生き続けるという事は、細胞には寿命があり、個体にも寿命があり死は必然である。人類、種としては新しい個体(子ども)を作ることにより遺伝情報を引き継ぎ集団として生き延びて行く。(図省略)

 人類の種族としての生存の戦略を考えると遺伝情報が正しく引き継がれていくことの方が大切であり、集団として生き延びる事の方が大切で個人の存在意義は小さいと思われる。これが遺伝情報(ゲノム)を中心とする生物の世界の冷厳な姿なのであろう。

 人類は有性生殖をおこない精子と卵子の受精により新しい個体を作り、新しい遺伝情報の組み合わせを作りながら遺伝情報を存続させていく。その結果多彩な遺伝情報を持つ個体の集団が形成される。

 一方で突然変異による遺伝子形成もあるが多くは世代を重ねる間に遺伝的に薄まって消滅すると思われるが、繁殖率が良い遺伝子と組み合わされると長時間かけてその種全体に広がる因子も存在するであろう。

U. 有性生殖の歴史と意味
 有性生殖により多彩な遺伝情報を持つ個体が用意されることにより、その種の大部分が死んでも抵抗力を持った一部が生き残り数を増やして種としての存在を確保するのが生命の生き残り戦略であり、多彩な遺伝的組み合わせからは弱い固体(奇形)も生まれる。

 有性生殖の歴史をもて見ると、まず細胞には原核細胞と真核細胞とがある。

 原核細胞の代表は細菌である。細菌には核は無い。むき出しのリング状DNAを持つ単純な構造で、分裂増殖し9時間で27回分裂し1億個に増える。分裂後の細胞は元の細胞と全く同じで細菌の一生には始めも終わりもない。

 真核細胞には核があり、ミトコンドリアもあり、線状のDNAを持ち、遺伝情報が多く多細胞生物となり各器官に分かれて役割分担をしている。真核細胞は進化の過程で、線状のDNAから染色体を形成し減数分裂により生殖細胞を分離隔離し、雄と雌が分かれ有性生殖が成立した。

 有性生殖への進化の過程の段階ともなされるのがゾウリムシである。ゾウリムシは分裂によって増えるが、大核と小核を持ち小核は生殖細胞のDNAに相当し、接合により小核を交換し、新しい遺伝子の組み合わせを作り新しい固体に生まれ変わってまた分裂を繰り返す。

 有性生殖の為の生殖細胞と、固体を形成し生きていく為の体細胞の特徴。
 (図省略)

 体細胞は生きるため活動している細胞であり1代限りである。

 生殖細胞(卵子、精子)は体細胞と全く同じに遺伝情報セット(ゲノム)を持ち隔離されて、次世代に遺伝情報を伝える時のみ使われて数が多い。生殖細胞は個体の年齢が若いときに次世代へ遺伝情報を伝える必要があり、生殖細胞の数は個体の年齢と供に減少している。卵細胞は20歳代より減少しており更年期を境に卵細胞の数は激減する。

 有性生殖で生きる意味を省略。有性生殖成立のための基本のパターンとなる雄と雌の出会いは、無性生殖生物の細胞分裂による繁殖より出会いの機会が少ない等の困難さがある一方でより強い相手、遺伝情報を次世代に確実に伝えやすい相手を選べるという選択が可能であり、卵子と精子の受精により両親の遺伝情報を半分ずつ合わせた新しい遺伝的組み合わせによる新しい個体が誕生する。そして多彩な遺伝的組み合わせを持った個体が用意されることに成る。

V. 遺伝的多様性の意味
 遺伝的多様性の意味を省略。有性生殖をする生物の強さと弱さ、生き残るための戦略を見る事が出来る。

 遺伝的に多彩な組み合わせの個体からその生物の社会が構成されることなり、災害や病気の流行で大部分が死んでも抵抗力を持ったものや、広く分布していたものの一部が生き残り、また数を増やして広く分布する。

 その事実としてマラリヤの流行地で鎌状貧血の人が多い事が挙げられる。鎌状貧血の患者の赤血球はマラリアに抵抗性があり結果としてマラリアの流行地で鎌状貧血の患者が多いというのである。

 遺伝的多様性の持つ多面性の1つは、各個体は遺伝情報の点でも唯一無二の存在であり個人の尊厳という考え方からは非常に大切な存在という事ができる。

 遺伝的多様性の持つ多面性からは、多彩な遺伝的組み合わせからは当然弱い組み合わせの個体も生ずることである。弱い組み合わせ中には生存できない個体もあるであろうがその生物社会の平均からはずれ(偏差)の程度に多くの差があると思われる。

W. 我々個人の生きている意味
 遺伝的多様性から見ると我々個人は唯一無二の存在という事も出来るが、生命の戦略からは遺伝情報の存続と集団としての生存の方が大切といえよう。

 ここで本論の主題からはずれて個人の存在意義について若干の検討を試みる。(図省略)

 人類の生存にとって遺伝情報の存続の方が大切であるという思想を代表するような著作「利己的な遺伝子」リチャード・ドーキンス著がある。この中で著者はDNAの立場からするとDNAは自分を存続させることを目的として存在し親から子へDNAを伝える。生命体は遺伝子の乗り物に過ぎない。サケは卵を産み終わると個体の役目を終わってすぐ死ぬ。ヒトも基本的にはサケと同じであるという意味の主張をしている。

 一方ではヒトはサケと違うはずだという考えがある。ヒトは中枢神経系が発達し、知識、意識が発達している。ヒトはことばを持ち、文字も発明し文化を伝えていくことが出来る。人間らしくさせているものが存在している。我々は単なる遺伝子の乗り物ではないという考えがあり、筆者のこの考えに賛成である。

 「利己的な遺伝子」のドーキンス博士も最近「人はことばによって情報を次の世代に伝えてきた。ことばはもう一つの遺伝子システムと思う」と述べている。

 生命は何処から来て何処へ向かおうとしているのか興味は尽きない。

X. 結論・奇形の赤ちゃんは何故生まれるか
 有性生殖をする生物の社会の特徴を2人の研究者が以下のように述べている。
A) 競争的共存  弱者も一定の割合で生存している 四方哲也
B) 遺伝子プール 多彩な遺伝子が用意されている 柳澤桂子

 弱肉強食の世界であるから弱者は食べられてしまったり、食物を得られないため死んでしまったりして強いもののみ社会が構成されると思いがちであるが、実際は弱いものも一定の割合で生存していると言われている。

 遺伝的な多彩な組み合わせの個体が最初から用意されている(遺伝子プール)のでその中には弱い組み合わせも含まれる。

 柳澤桂子氏は省略、多様化するとき弱い組み合わせも出来る。ある頻度で障害のある子は生まれる。社会全体で支えていかなければならないと述べている。 

 筆者は柳澤桂子氏の主張に全面的に賛成するものであり、(図省略)筆者の主張として柳澤氏の考えを補足した。

 遺伝的多様性を増す生命の戦略の元で、両親から遺伝情報を半分ずつもらった子どもはたとえ障害のある子どもであっても唯一無二の大切な存在であり自分の人生を大切に生き抜かなければならないと思う。

 集団の平均という点から見ると社会を構成するのは多彩で平均的な群に属する人が多数であり、「普通の人」であり、普通の人が生物社会の真の強さを担っていることも言うことが出来ると思う。

謝意 
Journal of The Showa Medical Association 第65巻第4号307~317引用
野嶽幸正教授の最終講義の内容を快く掲載させていただき、本当にありがとうございました。ここに感謝の意を捧げます。内容の省略部分は野嶽幸正教授以外のドクターの図も参考に掲載されているため、それぞれのドクターに了解を得ることが不可能と思えすべて省略いたしました。しかし、教授の思いはこれで十分伝わるものと思います。

付録
常染色体劣性遺伝が多くの場合難聴児の遺伝に関係している。
1000人に1人の難聴児が生まれる確立があり、その50%が遺伝子である。常染色体劣性遺伝は両親が難聴でなくても、因子を持つ両親が子を4人持つと4人に1人は難聴児、1人は正常児、2人は保因者で難聴はありません。
@難聴の遺伝子は数十〜100種程度あるといわれている。日本人の先天性難聴の妬く20%はJGB2(CX26)遺伝子変異が見出されている。欧米では35delG が多く日本では発見されていない。日本では235delCと呼ばれる変異が頻度が多い。
ASLC26A4 先天性難聴の数%〜20%に内耳奇形が見られ、多くは前庭水管拡大が最も多くの奇形を伴っている。これまでPendred症候群(甲状腺腫を伴う)、前庭水管拡大、SLC26A4遺伝子変異、変動する難聴等はSLC26A4遺伝子の変異が引き起こす同一の疾患群として取り扱われるものと思われる。
Bミトコンドリア遺伝子1555A>G変異
アミノ配糖体抗生剤に対する内耳の易受傷性が報告されている。アミノ配糖体の投与歴の30%がこの遺伝子が見出させている。人工内耳の適応者になった高度難聴者の10%がこの変異が見られる。
これらは今後の予後がわかりやすいので、補聴器で行くか、人工内耳にするかの決定の材料になるものと思われる。いくら、補聴器希望であっても、今までわかっている遺伝子の異常での予後が人工内耳の決定の適否を親の、病院のドクター判断以外に有力な決定権を持っていくことになるのではと思われる。
・先天性難聴の約50%が遺伝性難聴とわかってきた今、今後はさらに研究が進むとさらに多くの確立で遺伝子の異常が発見されることになるであろう。


昭和大学医学部産婦人科学教室野嶽幸正教授の許可を得て掲載させていただきました。



Since 1999.5- Copyright(C)「きこえとことばの情報室」 by Dr.Toshihiro Kuroishi
Powered by Central Station